PAST EXHIBITIONS

Past Exhibition

2019. 12 / 21 sat. ––– 2020. 1 / 27 sun. 

11:00 – 19:00  Close ( Tue )

武田陽介 | Yosuke Takeda

Courtesy Taka Ishii Gallery

[ RAM ]

京都で過ごした7年という歳月の戻ることない日々の生活について折にふれて思い出す。反芻することで理解できたことの数々。無作為に再生される記憶。冬の匂い、宵の昏さ、朝露の色、震える声。意味を結ぶことのない対話。散乱し、絡み合った言葉の数々を拾うこともなく、無縁に途切れた未来は灰色に白む。それら生の対価をベランダから眺めていた夕暮れ、体温希薄に揺蕩うよう、ファズの利いたベースが走る。カーテンが揺れる。ときに僕を確かめようとするもの。武田陽介

フィルムからデジタルへ、カメラからスマートフォンへ、写真とその行為・環境が大きな転換に晒される渦中にあって、武田は、写真を制作し続けることとはいかなることかという、大きくも繊細な応答が必要とされる問いに挑み続けてきました。印画紙に像を定着させるという行為と、デジタルデータをモニターディスプレイで操作するという行為の間に立ち、写真の可能性を探求する作品群は、独特の構図から導かれるフラットな画面に表出するメディウムに対する作家の透徹した制作意識において突出した個性を放っており、キャリア初期より高く評価されてきました。

武田の関心は光にあり、カラーは、フレームの中で培養された光からにじみ出るプリズムカラーであって、決して絵画的色彩ではない。一見、木漏れ日の瞬く耽美な絵画的イメージに見えても、実は「Digital Flare」のシリーズは、カメラの中へ強い光を入れ、フレームの内部をいわば光の過飽和状態にする写真である。それは武田写真の純粋なモデルなのだ。高解像度で撮影された細部には、ほとんどカオスのようにうねる光のテクスチュアが詰まっている。

清水穣「批評のフィールドワーク 47:自閉と距離、あるいは箱の中の光と紙の上の光」、 『ARTiT』、ART iT 、2014年4月18日

デジタルカメラを強い光に向けた際に生じる現象を捉える「Digital Flare」と呼ばれる一連の作品群は、光と影、あるいは偶然性といった写真の基本要素に対する作家の強い関心を礎としながら、被写体をカメラ・システムの外部にのみ見出してきた従来の写真において取り除かれるべきものであった「レンズの痕跡」を定着させるという、異端な挑戦のもとに展開されてきました。そこでは、フレアやゴースト、色のにじみ、リング状の光などが象徴的に捉えられています。激しい光に晒されたカメラの内部が高熱で解けてしまうほどの撮影の末に生み出される作品は、その危うさゆえに魅惑的なのかもしれません。

水面を写した写真作品(2013年)から派生した映像作品は、金(=永遠の象徴)と水面(=絶えず変化し続けるものの象徴)を対比的に捉えています。映像、映像から切り出された静止画、そして写真―並べて展示されたこれらの作品は、写真という瞬間の集合体としての映像、あるいはその逆としての写真という円環性を明らかにしています。ぬめりのある質感の水が妖しく蠢く一方で、たゆたう水面の光は儚く、ここにも武田作品ならではのアンビバレントな輝きを見出すことができます。

武田陽介は1982年愛知県名古屋市生まれ。2005年同志社大学文学部哲学科卒業。大学在学中より銀塩写真での制作活動を始める。フィルムや印画紙の生産中止など、従来の銀塩写真の制作が困難になる状況をきっかけに、デジタル写真へと移行。写真というメディウムに対する透徹した制作意識を湛えた作品を発表し続けている。主な個展に、「キャンセル」3331 GALLERY(東京、2012年)、「Stay Gold」タカ・イシイギャラリー(東京、2014年)、「Stay Gold: Digital Flare」空蓮房 (東京、2014年)、「Arise」タカ・イシイギャラリー(東京、2016年)など。主な作品の収蔵先にサンフランシスコ近代美術館(サンフランシスコ)、スペイン銀行(マドリード)、カディスト美術財団(サンフランシスコ/パリ)など。

 

Courtesy Taka Ishii Gallery

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